稀ではない赤ちゃんの頭蓋内出血

分娩時に自分の赤ちゃんに頭蓋内出血が起こってしまったとしたら…皆さんどのように感じるでしょうか。

「私に何か悪い事があったのかな」とか、「分娩の時の産婦人科医や助産師さんの対応が良くなかったのかもしれない」とか考えてしまう人もいるかもしれません。

少なくとも、多くの人が「なんて運が悪いんだ」とか「なぜ私の子にそんな事が…」とその不運を嘆く事でしょう。

たしかに時にはお母さんや赤ちゃん側に何か原因があって頭蓋内出血が起こることもありますし、産科スタッフが最善の対応をとれなかったことが発症に関係する事例もあるかもしれませんが、そのような事例は決して多くはありません。

生まれてくる時に生じる赤ちゃんの頭蓋内出血のほとんどは、普通の分娩でも生じてしまうものなの です。

本記事は、分娩時に赤ちゃんに生じる頭蓋内出血について、小児科医の立場から一般的事項を紹介したいと思います。

頭蓋内出血の種類

頭蓋内出血とは、脳実質内出血(脳出血)や脳室内出血、クモ膜下出血、硬膜下出血などを指して使用される言葉です。基本的に出血する場所によって呼び方が変わりますが、全て頭蓋内(頭蓋骨の内側)に生じた出血で、脳や脳の周囲に起こる出血ですから、重症なイメージがあるのではないかと思います。

実際に、脳実質内出血(脳出血)なら直接的に脳に何らかのダメージが生じるリスクが多分にありますし、脳室内出血やクモ膜下出血の場合、水頭症などの合併症が引き起こされる可能性もあります。また、硬膜下出血は脳自体の出血ではありませんが、血腫が脳を圧迫することで脳障害のリスクにつながりますから、やはりどれも重症であることに間違いはありません。

赤ちゃんと大人の頭蓋内出血の違い

分娩時に赤ちゃんの生じやすい頭蓋内出血は、一般に大人で認められる頭蓋内出血とは異なっています。

大人の頭蓋内出血の多くは動脈性の出血であることが普通ですが、赤ちゃんに生じやすい頭蓋内出血は基本的に静脈性の出血なんです。

例えば、大人でくも膜下出血というとかなり重症です。

原因は脳動脈瘤であることが多く、これが破裂して出血するので、救命のためには手術で止血する必要があります。

それに対して赤ちゃんのくも膜下出血は静脈性の出血なので、手術を要するというようなことはほぼありません、自然とよくなることがほとんどです。

赤ちゃんの頭蓋内出血には特徴があって、正期産児で認められやすい頭蓋内出血はくも膜下出血と硬膜下出血です。これは、狭い産道を通る際に頭部が圧迫され内圧が高まって静脈がうっ滞して生じる出血ですから、通常帝王切開ではそのリスクはほとんどありません。

一方、早産児(特に未熟性の強い児)に認められる頭蓋内出血は脳室内出血です。早産児の脳の静脈には弱い部分があって大体いつも出血する場所は同じです。ただ重症例では脳実質内の出血を合併することもあり、水頭症をきたすこともしばしばあります。早産児に認められる頭蓋内出血は、分娩時のみならず生後早期(最もリスクが高いのは生後72時間)に生じやすいことが分かっています。

正期産児に認められる分娩時頭蓋内出血の頻度

生まれた時元気がなくて蘇生が必要だった児や、生まれた後に赤ちゃんがなんとなく調子が悪い(例えばよく吐くとか、哺乳が緩慢であるとか)の場合に、NICUでお預かりして経過観察が必要な場合があります。後は呼吸をお休みする(無呼吸発作)などが認められる場合にも、同様にNICUで経過観察する場合があります。

このような赤ちゃんに対して原因検索のために脳CTや脳MRIを確認すると、一定の頻度でくも膜下出血や硬膜下出血がみつかります。おそらく頭蓋内出血があったことで、調子悪かったのかな・・・ということになります。

ただ相当ひどい場合を除き、ほとんどは自然に出血はとまって血腫も吸収されますので過大な心配は必要ありません。もちろん、将来に後遺症などを残す可能性が全くないとは言えませんが、多くの症例ではその後の発達に特に問題は生じないことがむしろ普通です(通常の経過で退院した赤ちゃんと比較すれば、もちろんハイリスクではありますが・・・・)

ただ、このようになんとなく調子が悪いなどの症状がなければ、脳CTや脳MRIなんて撮影しませんよね。赤ちゃんは超音波検査で脳の中をある程度確認できるのですが、硬膜下出血やくも膜下出血は超音波ではかなりわかりづらいんです。

実は、分娩に特に問題はなく、生まれた後の赤ちゃんも元気で何も症状はないという場合でも、経腟分娩で出生した赤ちゃんには一定の頻度で頭蓋内出血が起こっていることが分かっています。

何も症状がない赤ちゃんを対象に脳MRI検査を行って頭蓋内出血の有無を確認した過去の報告では、経腟分娩で出生した65名中17名(26%)に頭蓋内出血を認めたことが示されています。一方で、帝王切開で出生した赤ちゃん23名の中に頭蓋内出血が見つかった症例は1例もありませんでした。

あまり数が多い研究ではないので一概には言えませんが、一般の方が思っているより高頻度に経腟分娩で出生した赤ちゃんには頭蓋内出血が起こっていると言えそうです。

やはり根本的に大人でみられる頭蓋内出血とは異なるので、極端に心配しすぎない方が良いのではないかと思います。もちろん重症例が全くないわけではないので、実際に自分の赤ちゃんに頭蓋内出血がみつかったという場合には、主治医の先生によく状況を確認してください。

早産児に認められる分娩時~生後早期の頭蓋内出血

早産児(特に未熟性の強い在胎28週未満の未熟児)では、現在の高水準の医療をもってしても一定の確率で頭蓋内出血が生じてしまいます。これは、正期産児のように、単純に分娩時に生じる頭蓋内圧の上昇に起因したものではなく、生後の呼吸・循環動態の不安定性が原因となって生じる場合が多いため、根本的に正期産児の頭蓋内出血とも異なったものです。

重症度によるのですが、正期産児に認められる頭蓋内出血と比べるとやはり重症である場合が多く注意が必要です。

一般に早産児に認められる脳出血は脳室内出血であることが多く、これは臨床的には超音波所見から重症度を4段階に分類しています。

最も軽い脳室内出血(grade 1)であれば、それのみでは後遺症を残さないこともよくあり、絶望的に考える必要はありません。

ある程度重症(grade 3~4)の脳室内出血の場合には、重大な後遺症につながる可能性が高くなり、最重症例では時に亡くなることもあります。また、出血が吸収された後も、後に水頭症などの合併症が生じる可能性があり、将来の脳性麻痺や運動発達の遅れ、知能低下、てんかんなどについてもハイリスクとなります。よってこのような赤ちゃんについては、NICU退院後のフォローアップが大切になります。

赤ちゃんの頭蓋内出血といっても様々ですよね・・・・

ただ、経腟分娩で生まれた正期産児にみつかるくも膜下出血、硬膜下出血については、心配しすぎなくてもよいのではないかと思います。少なくとも、問題のない分娩でもしばしば起こりうる状態であると考え、自分を責めたりすることのないようにと願っております。

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